2007年09月23日
さようなら 草津シネマハウス
皆さんご存知かと思いますが
残念なことに9月30日を持って草津シネマハウスが閉館となります。
閉館にあたり、創業者の角正太郎氏製作の映画や
タイタニック、フォレストガンプ、数々の名作が500円で観れる特別上映会が開催されてます。
あと一週間となりました。
60年の歴史に幕が下ろされようとしています。
皆さんも是非足をお運びくださいませ(涙)

シネマハウス閉館のニュースを聞き、なんとも言えない寂しい気分でした。
というのも
前身の草津第二劇場の頃からアイスクリームの卸業を営んでた我が家とは
深い関わりがあったのです。
娯楽の少ない時代に映画館には連日大勢の人で賑わってました。
売店や休憩時間に売られるアイスクリームはそれはそれはすごい売れ行きで。
うちの大お得意様で私たちは映画館のお陰で生活させていただいた・・・
といっても過言ではありません。
道の狭い駅前は車よりも自転車やバイクのほうが便利なので
赤ちゃんの私をおぶって、母はカブ(原付バイク)で毎日何度も何度も
配達をしていたようです。
物心ついた頃は、学校の休みに配達に付いていくと
「東映まんがまつり」なんかをやってる。
父の手伝いで荷物を運んだり、納品してると
「観ていくか?」と社員の方がやさしく声をかけて下さった。
重い扉を開け、暗幕の向こうには別世界。
同世代の子が親と一緒に映画を観ていた。
納品を終えるまでのわずかな時間
その別世界に入らせてもらった。。。
わずかな時間でも嬉しくて嬉しくて
皆さんの優しさが忘れられません。
大きくなり、裏口でなく、アイスクリームも持たず
初めて入場券を払って母と映画を観に行った日にことも
忘れられません。
そんな草津第二劇場から当時画期的だったシネコンの先駆け
草津シネマハウスに立て直された20年前のこともはっきりと覚えてる。
式典に呼ばれた父が
たくさんのお祝いのお花が飾られてる中
抱えきれないぐらい大きな花束を持って立っていた。
ここまで来るのに奥さん(社長の)の力添えがあってのこと。
開店祝いの花はたくさん届くだろうし
あえて奥さんにねぎらいのお花を・・・・ということでした。
父の粋なはからいとちっちゃな体が隠れるぐらいの花束を抱えた
少し滑稽な姿が今も鮮明に蘇ります。
先日帰って来た父に閉館の話しをすると
ぐっときて、翌日には先代の社長を訪ねてました。
今日、映画を観に行くと先代の社長がお客さんを見送っておられました。
「子どもの頃から通ってたので寂しいです。。。」
そんな声の方が何人も(涙)
現在は、私の一学年下で小学校から同じだった息子さんが後を継がれており
咲sacra楽を始めてからは妹さんやお母様も来て下さってました。
いろんなお話しをお聞きしてましたが、まさか閉館になるなんて・・・・
時代の波には勝てませんが
一つの草津の歴史は終わったような
なんとも悲しい出来事です。。。
皆さんも是非足を運んでくださいませ。
翠日記にも関連記事書いてます。。。
ちょうど行った時に出会った草津ガイドのHさんが取材中でした。
そちらも是非ご覧ください。 草津ガイド
残念なことに9月30日を持って草津シネマハウスが閉館となります。
閉館にあたり、創業者の角正太郎氏製作の映画や
タイタニック、フォレストガンプ、数々の名作が500円で観れる特別上映会が開催されてます。
あと一週間となりました。
60年の歴史に幕が下ろされようとしています。
皆さんも是非足をお運びくださいませ(涙)

シネマハウス閉館のニュースを聞き、なんとも言えない寂しい気分でした。
というのも
前身の草津第二劇場の頃からアイスクリームの卸業を営んでた我が家とは
深い関わりがあったのです。
娯楽の少ない時代に映画館には連日大勢の人で賑わってました。
売店や休憩時間に売られるアイスクリームはそれはそれはすごい売れ行きで。
うちの大お得意様で私たちは映画館のお陰で生活させていただいた・・・
といっても過言ではありません。
道の狭い駅前は車よりも自転車やバイクのほうが便利なので
赤ちゃんの私をおぶって、母はカブ(原付バイク)で毎日何度も何度も
配達をしていたようです。
物心ついた頃は、学校の休みに配達に付いていくと
「東映まんがまつり」なんかをやってる。
父の手伝いで荷物を運んだり、納品してると
「観ていくか?」と社員の方がやさしく声をかけて下さった。
重い扉を開け、暗幕の向こうには別世界。
同世代の子が親と一緒に映画を観ていた。
納品を終えるまでのわずかな時間
その別世界に入らせてもらった。。。
わずかな時間でも嬉しくて嬉しくて
皆さんの優しさが忘れられません。
大きくなり、裏口でなく、アイスクリームも持たず
初めて入場券を払って母と映画を観に行った日にことも
忘れられません。
そんな草津第二劇場から当時画期的だったシネコンの先駆け
草津シネマハウスに立て直された20年前のこともはっきりと覚えてる。
式典に呼ばれた父が
たくさんのお祝いのお花が飾られてる中
抱えきれないぐらい大きな花束を持って立っていた。
ここまで来るのに奥さん(社長の)の力添えがあってのこと。
開店祝いの花はたくさん届くだろうし
あえて奥さんにねぎらいのお花を・・・・ということでした。
父の粋なはからいとちっちゃな体が隠れるぐらいの花束を抱えた
少し滑稽な姿が今も鮮明に蘇ります。
先日帰って来た父に閉館の話しをすると
ぐっときて、翌日には先代の社長を訪ねてました。
今日、映画を観に行くと先代の社長がお客さんを見送っておられました。
「子どもの頃から通ってたので寂しいです。。。」
そんな声の方が何人も(涙)
現在は、私の一学年下で小学校から同じだった息子さんが後を継がれており
咲sacra楽を始めてからは妹さんやお母様も来て下さってました。
いろんなお話しをお聞きしてましたが、まさか閉館になるなんて・・・・
時代の波には勝てませんが
一つの草津の歴史は終わったような
なんとも悲しい出来事です。。。
皆さんも是非足を運んでくださいませ。
翠日記にも関連記事書いてます。。。
ちょうど行った時に出会った草津ガイドのHさんが取材中でした。
そちらも是非ご覧ください。 草津ガイド